地球上でもっとも多くの人間の命を奪ってきた生物として知られる蚊。しかし、血を吸う回数は短い生涯のうちせいぜい5回ほどで、オスは血を吸わないということをご存知だろうか。しかも種類によってはメスであっても血を吸わないのだ。
また、蚊は血を吸ったあとは体が重くなり、うまく飛べないという。吸血後は叩き落される危険性があがるわけだ。なぜ命をかけてまで他の生き物の血を吸いにくるのだろうか?
ほかにも血を吸いすぎると破裂、爆発するというのは本当なのか、血を吸ったあとはどこに行くのか、潰しても血が出ないことがあるのはなぜなのかなど、身近な害虫でありながら、蚊の生態には不思議な点が多い。
そこでこの記事では、蚊の吸血行為にまつわるさまざまな話を紹介していく。読めば少しだけ、蚊に対して哀れみや親しみの感情が湧くかもしれない。
記事の内容
- 血を吸いすぎると爆発・破裂するって本当?蚊の吸血行動に関する疑問
- 蚊はなぜ血を吸うの?オスが血を吸わない理由
- 一生のうち蚊が血を吸う回数は?
- 「血の吸いすぎて爆発することがある」というのは嘘
- 蚊は血の吸い過ぎて飛べないことがある
- 血を吸った蚊はどこに行く?血を吸った後は死ぬ?
- メスの蚊を潰しても血が出ないのはなぜ?
- 潰すのはNG・蚊に血を吸われたときの対処法
- 吸血中に蚊を潰すのは避けるべき
- 刺される前なら叩くフリだけでも有効?
- 蚊を潰した手に血液がついてしまった場合
- 蚊に刺されやすい人・刺されにくい人がいる
- 総括:蚊はメスしか血を吸わず、血を吸いすぎても爆発しない
血を吸いすぎると爆発・破裂するって本当?蚊の吸血行動に関する疑問
蚊はデング熱やマラリア、ジカ熱、日本脳炎など、さまざまな感染症を媒介する恐ろしい害虫だ。
ただ吸血されるだけでも腫れや痒みに悩まされるため、都市部で最も嫌われている害虫の1つだと思われる蚊だが、実はすべての蚊が血を吸うわけではない。
夏の夕暮れに公園や河原、草むらなどで蚊が柱のように群れているのを見たことがある方も多いだろう。この中に突っ込んでいっても不思議と刺されない。それは柱のように群れている蚊がオスだからなのだ。
実は人や動物の血を吸うのは、メスの蚊のみ。ではなぜメスだけが血を吸うのか、その理由や吸血行動にまつわる疑問について説明していく。
蚊はなぜ血を吸うの?オスが血を吸わない理由
蚊というと、人間や動物の血液を主食にしている厄介な害虫というイメージが強い。しかし、実は蚊の主なエネルギー源は花の蜜など植物由来の糖分である。
卵を育てるために高タンパクな血液を摂取する必要がある産卵期のメスのみが、吸血をおこなうのだ。そのためオスの蚊が血を吸うことはない。
また蚊の種類によって吸血をおこなう時間帯も異なり、私達にとってもっとも身近であるヤブ蚊(ヒトスジシマカ)は夕方の時間帯、とくに16時〜18時前後に吸血活動をおこなう。
寝ている時に「プーン」という羽音を立ててよってくるのは、アカイエカだ。こちらは夜間に、屋内に侵入して血を吸う種である。すべての蚊がいつでも血を吸いに来るわけではないのだ。
一生のうち蚊が血を吸う回数は?
蚊の寿命は2〜3週間程度。その短い生涯のなかで一度だけ交尾をして、そのあとメスは4〜5回にわけて産卵するという。そのためメスの蚊が血を吸うのは一生のうちに4〜5回。
ただ、一回の吸血で運良く満腹になれるとは限らない。吸血中に見つかって命の危険を感じた場合には、いったん身を隠して満腹になるまで数回に分けて血を吸いに現れる。
満腹になった蚊は産卵を経て、また4日ほどすると再び人間や動物の血を吸うために姿を見せる。これを4〜5回繰り返した後、蚊は寿命を迎えるのだ。
「血の吸いすぎて爆発することがある」というのは嘘
蚊は血を吸いすぎると爆発・破裂してしまうという都市伝説があるが、これは実は嘘である。先に説明したとおり、蚊はタンパク質を摂取するために血を吸う。
そのため血液のなかの余分な水分は、吸血行為をおこないながらおしっこをするように体外に排出するのだ。
ただ、腹側の神経索が切られた状態で吸血行為をすると、満腹であることがわからずに限界を超えて血を吸い続けてしまい、蚊の腹部が破裂、爆発してしまうことが、メルボルン大学で蚊をふくむ害虫などの研究をしているPerran Stott-Ross氏によって発見されている。
上の動画は血を吸っている途中の蚊の腹部が破裂する様子を収めたものだ。ややグロテスクな内容ではあるが、子孫のために腹が裂けても吸血をおこなう様子に生物としてのたくましさも感じる。
なお、Ross氏の実験によると腹が爆発した蚊が必ずしも死ぬわけではないそうだ。腹部が破裂した状態で血を吸い続ける蚊もいたり、そのまま飛び立とうとした蚊もいたという。
蚊は血の吸い過ぎて飛べないことがある
平常時の蚊は僅か2~3ミリグラムだが、限界まで血を吸ったあとでは5~7ミリグラムにまで体重が増える。しかも全体的に太るわけではなく、血液を溜め込んでいる腹部のみ重く膨らむため、スムーズに飛ぶことは困難になる。
そのため、上の動画のように飛べなくなってしまうことも少なくない。うまく飛べないことから吸血後の蚊は人に叩き落されたり、潰されたりすることはもちろん、時にはそのまま窓ガラスや壁に激突して、死んでしまうことも珍しくない。
もしかしたらフラフラと飛んでいった吸血後の蚊が壁にぶつかって、破裂して死んだ様子から、蚊は血を吸いすぎると勝手に爆発して死ぬという都市伝説が生まれたのかもしれない。
血を吸った蚊はどこに行く?血を吸った後は死ぬ?
血を吸った蚊は2〜3日じっと隠れて卵巣を発達させた後、安全に産卵できる場所に向かう。卵巣の発達を促している間は姿が見えなくなるため血を吸った後の蚊は死ぬと思われがちだが、藪や家のなかに潜んでいることが多い。
その後は水場を求めて移動する。種によって1度に生む卵の数は違うが、蚊の幼虫であるボウフラはみな水中で生活するためだ。
しかも水のある場所ならばどこでも産卵できるわけではなく、ボウフラの栄養になるプランクトンが豊富に生息している環境でなければいけない。
メスの蚊は産卵前に水を吸ってボウフラの成長に適した水質か確認するという。危険を冒して血を吸い終えたあとも、人間に潰されずに理想の水場まで逃げ切らないといけないのだ。
無事に産卵が終わると、2〜5日で孵化してボウフラが生まれる。そこから一週間から10日の間に脱皮を繰り返して蛹になり、蛹の状態から3日程度かけて成虫になる。
メスの蚊を潰しても血が出ないのはなぜ?
オスの蚊は産卵しないため吸血をしない。そのため潰しても血がでないのだが、産卵期のメスの蚊であっても吸血をしない種類も多い。
実は日本国内には100種類強の蚊が生息しているものの、産卵に血液を必要とするのは20種類程度であり、大多数の蚊は生涯を通して一度も吸血をしないのだ。
人間にとって蚊に血を吸われるのは不快な行為だが、蚊にとっても吸血は体に負担をかける行為なのだという。ヒトスジシマカなど血液を必要とする蚊は、血液を探すための感覚受容体を産卵期の前に発達させないといけないうえ、吸血後は摂取した血液をタンパク質と水分や有害な副産物に分解する必要がある。
一方で産卵に血液を必要としない種類の蚊のメスは、孵化したあとの早い段階から産卵に向けて卵巣を発達させていく。そのため産卵期に慌てて高タンパクな餌を求めてさまよう必要がないのだ。そのため真夏に飛んでいる蚊を潰しても、手のひらに血がつかないことは割と多い。
潰すのはNG・蚊に血を吸われたときの対処法
なんだか違和感が、と思ってふと見ると体に蚊がとまっていた。反射的に手が出て叩きたくなるが、吸血中の蚊を叩き潰すのは避けたほうがよい。
ここではなぜ吸血中の蚊を叩かないほうが良いのか、蚊を見つけた時に避けたほうがよいの行為について紹介していく。
吸血中に蚊を潰すのは避けるべき
吸血時に、蚊は6本の針を口吻から出して人間や動物の体に突き刺す。この時に痛みがあるとすぐに叩かれたり、ふるい落とされたりしてしまうため、蚊は吸血時には相手に痛みを感じさせないようにする麻酔成分と、血液の凝固を防ぐ成分を含んだ唾液を注入する。
そして唾液中の麻酔成分がアレルギー反応を引き起こし、痒みが生じるのだが、実は蚊は吸血後に 可能な限り人間や動物の体内に注入した唾液を回収していく。
そのため吸血途中に叩いて蚊を殺したり、追い払ったりしてしまうと、唾液が過剰に体内に残ってしまい、痒みが強くなってしまうおそれがあるのだ。黙って血を吸われるのは癪だが、吸血が終わるまで我慢したほうが無難だろう。
どうしても我慢ならない、という場合は上から叩いてしまうのではなく横に弾き飛ばすようにしたほうがよい。横に払い落としたほうが、蚊の死骸から唾液を体内に注入される恐れがないためだ。
刺される前なら叩くフリだけでも有効?
2018年1月25日に刊行された学術雑誌「Current Biology」内で、「蚊は自分を攻撃してきた相手をさけるようになる」という興味深い論文が発表された。
どうやら蚊は自分の命を危険にさらした相手のにおいを覚え、24時間以上にわたって記憶し続けている可能性があるという。この論文の内容が正しければ、血を吸われる前にかする程度でも蚊を叩くことができれば、以降はその個体から狙われずに済む。
1秒に約600回ものはばたきをして移動するため、一発で蚊を叩き潰すのはなかなか難しい。しかし、天敵としてにおいを覚えさせれば蚊取り線香や虫除けスプレーがない場所であっても、蚊に血を吸われずに済むかもしれないのだ。
蚊を潰した手に血液がついてしまった場合
飛んでいる蚊を潰したところ誰のものかわからない血液が手についてしまった、という経験をしたことがある方は少なくないだろう。
このようなことがあった場合は、すぐに手を洗うべきだ。蚊の吸血行為が原因でうつってしまうおそれがある感染症・蚊媒介感染症のなかには、デング熱や日本脳炎など危険なものも多い。
日本国内にいる限りは、そこまで危険な感染症にかかる心配はないだろうと思ってしまいがちだが、厚生労働省によると2014年に国内でもデング熱の感染例が確認されたという。万が一のことを防ぐためにも、蚊を潰してしまった後は流水で手を洗うようにしよう。
蚊に刺されやすい人・刺されにくい人がいる
蚊は二酸化炭素、におい、熱の3つを手がかりに吸血する相手を探す。そのため飲酒している人や汗をかいている人などは、蚊に狙われやすい。逆にお風呂に入ったばかりの人には蚊は反応しないという。
また蚊に刺されやすい血液型はO型で、逆に刺されにくいのはA型とも言われているが、この理由はまだわかっていない。ただ、蚊に習われやすい人とそうでない人はDNAレベルで差がある可能性も出てきているそうで、現在も研究が続けられている。
総括:蚊はメスしか血を吸わず、血を吸いすぎても爆発しない
今回は蚊は血を吸いすぎると破裂するといった噂から血を吸った後の蚊はどこに行くのかなどの疑問まで、蚊の吸血行動について紹介してきた。この記事のポイントは以下のとおりだ。
- 血を吸うのはメスのみでオスは吸血をしない
- メスの蚊が血を吸うのは産卵のため
- 蚊は血を吸いすぎて破裂・爆発することはない
- しかし吸血後は動きが鈍くなり、うまく飛べないこともある
- 一度の吸血で満腹にならなかった場合、何度も同じ蚊に刺されることがある
- 血を吸った後の蚊は死ぬわけではなく、産卵まで身を隠している
- 吸血しない蚊もいる
- 血を吸われている最中は蚊を潰さないほうがよい
- 蚊を潰して血がついた場合はすぐに洗う
蚊にとって吸血は、子孫を残すために仕方なくおこなっている行為のようだ。命をかけて血を吸いに来ていると思うと、叩いて潰すのが気の毒なようにも感じられる。
しかし刺されると痒いだけではなく、命に関わる感染症を運んでくるおそれがある以上、極力、蚊に血を吸われないように対策しておくべきだろう。
とくに庭やベランダに水の入ったバケツや水溜りがあると、そこに産卵されてしまう可能性がある。卵が孵ると100匹近いボウフラが生まれることもあるため、雨が降った翌日などは雨水が溜まっていないか確認しておこう。